「第1回 大江戸夢舞いマラソン」実施 2001年1月1日

元毎日新聞特別委員の大島幸夫が個人的に発案・実施した大会で、名称も「大江戸夢舞いマラソン」と銘打った。ボランティアの数も少ないながら自主的な協力で運営することが出来た。

参加人数:77名 (うち視覚障害者・肢体障害者14名)
コース
東京湾お台場海浜公園スタート → レインボーブリッヂ → 海岸通り → 東京タワー → 虎ノ門 → 新橋 → 銀座中央通り → 隅田川沿い → 両国 → 桜橋 → 浅草雷門 → 谷中・根津・湯島 → 東京ドーム →神保町 → 皇居 → 新宿 → 渋谷を経て代々木公園ゴール

 

「第2回 大江戸夢舞いマラソン」実施 2002年1月2日 

コースは前回とほぼ同様、前回参加者の口コミもあり、参加人数は地方からのランナーも合わせ150名となった。 胸と背中には手作りの「東京に本格的市民マラソンを!」のメッセージをゼッケン代わりにつけ、アピールを行った。ボランティア協力も飛躍的に伸び、コース上に走路案内兼エイド兼応援として協力。

 

「第3回 東京夢舞いマラソン(改称)」実施 2002年10月13日

前回の反省から、より組織的に運営し参加人数を増やし社会的に認知される大会づくりを目指していくことになった。NPO法人化への方針も固まる。 「走るシンポジウム」という位置付けで、都心マラソンの実現に必要なこと・問題点などを参加者全員で模索する大会とした。

この回から一般参加者を募集し、全国から900名が参加した。走るシンポジストとして、著名な方々にも参加していただく。ボランティアは走友会を中心として、約100名ほどが集まり様々な役割を担った。「夢舞いTシャツ」を制作。選手もボランティアも着用し一般市民へアピールした。
コース
四谷第一小学校(廃校)スタート 新宿 → 原宿 → 渋谷 → 天現寺 → 芝公園(東京タワー) → 虎ノ門 → 新橋 → 銀座中央通り → 日本橋 → 両国国技館前 → 吾妻橋 → 浅草雷門 → 上野公園  →湯島天神 → 東京ドーム → 皇居1周 → 四谷・迎賓館前 ~赤坂御用地周回 → 四谷第一小学校ゴール